2011年11月02日

タイトロープ!

IMG_2769.JPG「自分の頭で考えることが重要だ」なんていう笑えない冗談が真理であるかのように世間に流通し、まるでひとたび自分の頭で考え始めさえすれば誰もが、専門家のそれと比較するに値する有益で正当な見解を持つことができたり、何者かの手により隠蔽された不都合な真実を暴くことができるようになるといった、自由平等主義に毒されたグロテスクな錯覚を人々に与えている。

野球の素人がプロの打席で為す術もなく凡退するしかないのと同様に、思考のための準備や鍛錬をそれまで怠ってきた者が、いきなり自分の頭で考えはじめてみたところで、そこには無様な結末が待ち受けているだけだ。どういうわけか「個人の思考能力」なるものは、一切の知識も努力も必要なく人間に生来的に備わっているというファンタスティックな誤解がある。

むしろ「自分の頭で考えることは危険」がデフォルトなのだ。

人の認識や思考のプロセスは常に認知科学的錯誤の危険に晒されていて、人はいとも簡単に直感や無意識の期待に沿うように飛躍を重ね、都合の良い杜撰な取捨選択を無自覚に繰り返し、自分に心地良い結論こそが「正しい」と無邪気に思い込みたがる。


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2011年09月05日

常識がない!

流し目簡単な漢字や歴史等の知識がない人を「常識がない」と馬鹿にする流行があるが、基礎的な数学や理科の知識がない人が、そのように揶揄される場面はほとんど見かけないものだ。三角関数の加法定理エントロピー増大の法則を知らないからといって、その人の「常識」が疑われることはない。


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2010年08月29日

ともだち


アイリスの新しいおともだち。24時間テレビが放映中である。

番組の看板企画である24時間チャリティマラソンの今年のランナーには、ニューハーフ世界一の称号を獲得して話題となったタレント・はるな愛が選出され、今もこのクソ暑い最中に頑張って走っている。

総額10億にも及ぶ募金が寄せられる日本最大級のチャリティ番組であるところの「24時間テレビ〜愛は地球を救う」。この番組は一般視聴者からの

「偽善的だから嫌い」

という多くの批判とセットになって、夏の風物詩となっている感がある。

ブログやSNS、ツイッターといったネット上の表現インフラが非常に充実してきた昨今であるから、一般人の手によるこの番組の偽善性を批判する文字列が溢れかえっていることだろう。Yahoo!のニュース記事コメント欄も、もちろんこんな感じになる。

そこで思う。


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2005年09月07日

キモイ人

「便利な言葉」というものがある。
最近では「キモイ」がその代表ではないだろうか。

この「キモイ」という言葉の発生の起源は良く知らないが、いわゆるアキバ系であるとかオタク的な要素を持っている人に対する表現として使われだしたと聞く。
「何日も風呂に入らなくて汚い・臭い」
「服装センスがヒドイ」
「挙動不審」
「空気を読めない」
「言動が常に痛い」
あたりの、その発言者が嫌悪感や気持ち悪さを感じる様々な要素をひっくるめての「キモイ」だったのであろう(オタクやアキバ系が全員そういう要素を持っているなどと私が思っている訳ではなくて、あくまでも言葉の発生的なことを言っている)。

どういうわけか、この「キモイ」という言葉は瞬く間に「流行」した。

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2005年06月25日

退屈な反復

毎日何かしら事件が起こる。
すると、道端に落ちた飴に群がる蟻の様に、多くの人々がそれらの事件に吸い寄せられては、好き勝手な事を言いたてる。専門家による法的な事件処理の過程を横目で見ながら、問題をシンプルに整理しすぎる独善や、覚悟無き単純な思いつきや、何の役にも立たない焦点のぼやけた抽象論が撒き散らかされる。アイツが悪い。いや、こいつが悪い。いやいや、システムが悪い。いやいやいや、社会が悪い・・・・。「悪い子いねぇかー」とばかりに真面目顔だが滑稽な<なまはげ>達が世間を騒々しく走りまわり、誰かに道義的な<悪>を押し付けては、その手に持った包丁で刺す。いつものように。

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2005年04月04日

正しさを導くもの

世の中で「正しさ」が問われることがある。
「正しい道徳」「正しい歴史認識」「正しい教育」「正しい結論」・・・・。

それらの「正しさ」を追求することも結構な事だが、しかしその前に、あなたは「正しい」とは一体どういうことなのかを考えた事はあるだろうか。もしかしたら、ただ何となく漠然と「正しい」という言葉を使っている人がほとんどなのではなかろうか。

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2005年03月28日

コミュニケーション序説

ジェットにんぢん 空とぶにんぢん
昨日見たんだ 夢じゃないのさ
ジェットにんぢん オレンジの光
すごいスピード ジェットにんぢん

ジェットにんぢんGO!GO!7188」(2000年)より抜粋

あなたは昼間に街を歩いている。
ふと空を見上げた時、そこに「オレンジの光」を見たとしたら、あなたはソレを何だと思うだろうか。

鳥?飛行機?流れ星?UFO?幻覚?

・・まぁ色々な解釈が考えられるだろう。

そんな時、それを「空飛ぶニンジン」だと真剣に主張する人がいたら?
多分あなたはこう思うはずだ。

「こんなヤツとコミュニケーションをとるのは不可能だ」

今日はそんな「コミュニケーション」について考えてみる。
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2005年03月07日

道徳はコート

世間でいわれるところの「 道徳 」とは、「 美しい人間性 」とかに基づいて自然に芽生えてくるようなものではなく、単純に、人間の極めて個人的な「 不快感 」や「 不都合 」を起源として成立するものなのではないだろうか。
何か「 不快感 」や「 不都合 」を感じるものがまず先にあって、自分が不快なものを同じように不快と思ってくれる感覚のみを、ある種自分勝手に「 道徳 」と名付けて正当化したのが始まりだと思うのだ。
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2005年02月13日

殺人とロボットとゲームの規則

未成年の残虐な犯罪の報道などを受けて、

「なんで人を殺しちゃいけないの?」

という子供からの質問に、上手く答えられずにうろたえる大人の話を良く聞きます。

結論から言えば、「人を殺しちゃいけない先天的・普遍的・絶対的な理由はない」ということになります。つまるところ「 殺人ダメ 」は、「 法律 」や「 道徳 」を根拠とする社会的な「 ルール 」であり、「 車は左側通行 」などの交通ルールと形式的にはなんら変わるところがありません。車が左側通行であることの先天的な理由を考えることに意味がありますか?それと全く同様に、「 人を殺してはいけない 」ことの絶対的な理由を考えることは無意味だということです。
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posted by いっこう at 01:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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