2011年02月26日

照笑照英


照英って憎めにゃいよね。
【照笑照英】しょうしょう-しょうえい
あれほど感情表現が大味な照英でも、照れ笑いという細やかな情感を栗原はるみに表した時もあったという言い伝えから、人が普段見せないような言動を示すことを意味する故事成語。または単に、紛らわしいこと。
用例)あの課長がチロルチョコを買ってくれるなんて――だね。


なんて2011年の最重要タームをうっかり創造してしまうほどに今日も才気溢れる私であるが、実はタレントの照笑・・ではなく照英とは、ちょっとした因縁がある。


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posted by いっこう at 20:21| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月08日

ついおく。


風格すら漂う僕、半次郎。この春に控えた結婚式に呼べる友人の数が、超アクティブな人生を送る相方のそれと比較すると、悲しくて悲しくてとてもやりきれなくなりそうなほど少ない、超パッシブまっしぐらの私であるが、これでも小中学校時代には、卒業文集で特集ページを組まれるほどのクラスの人気者だった。妄想じゃないよ、ほんとだよ?

確かに友達は多かったのだが、当時からどこか最後の部分で他人に対して無意識的な壁をつくっていたのか、まさに「広く浅く」という感じだった。例えば、修学旅行などで仲の良い何人かで班を組む際でも、最後まで私だけ班が決まらないなんていう、一青窈でなくとも「ええい〜ああ」ともらい泣きしたくなる事もあるくらいだった。

こうなっていった理由は、今思うと、小学生の時に不慮の事故で弟を亡くしたことが原因なのではないだろうか。「何の脈絡なく、唐突に人は居なくなってしまう。そんな運命に、自分はあまりに無力だ」―――そんな恐怖が心を少しづつ侵食していて、失うショックを恐れるあまり、必要以上に他人と深い関係になることを避けるようにさせていたのではないかと感じる。

まぁともかく、そんな浅いとはいえ「クラスの奴は大体友達!」と、思わずZEEBRAさん調でライムを刻んでしまいそうな程度の交友関係を育んでいた、当時の私だった。

そんないっこう少年が中学生の時、ちょっと変わったクラスメイトが転校してきた。

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posted by いっこう at 00:44| Comment(8) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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