2006年05月29日

死神くん

世の人々が私の年齢になるまでに、身内や友達などの「近しい人」が亡くなるという経験の回数の平均は、一体どのくらいの数になるのだろうか。

このような不吉なことを他人に面と向かって聞くことなどほとんどないし、もちろん「近しい人」の定義によってその数は変化するから厳密には「平均」など出せようはずもないが、それにしてもどうも私は、感覚的に、その回数が「平均」に比べて多いような気がする。

私のこれまでの短い人生の中でこの世から旅立っていった「近しい人」を思い返してみると、先日の祖母のような親族をはじめとして、MZ-80Kという大昔のパソコンをその自宅まで押しかけてみせてもらうくらいに親しかった小中学時代の同級生、同じ部活に所属しており音楽の趣味がよく合った高校時代の同級生、仲が悪い状態のまま永遠に別れることになってしまった一つ年上の幼馴染、研修期間のグループレポート作成の過程で仲良くなった第一期社会人時代の同期・・・・。

世の平均がどのくらいなのか分からないが、この年にしてはやっぱりその回数が多過ぎる気がする。

私に生来積極的に友達を作りたいという衝動があまりないためなのか、単に私に人間的魅力が欠けているだけなのか、今でも1週間2週間まったくリアルでの友達からの電話・メールが来ないなんて事はざらな私の狭い交友範囲を考えてみれば、さらにその疑いは濃くなろうというものである。
そんな「近しい人」たちの、結婚や出産だとかいった「おめでたい話」が私の耳に入ってくる頻度を考慮してみてもそうだ。

そしてこんな『人よりも「近しい人」の死に面する機会が多い気がする』という感覚が、「重力よりも」「命は重い?」などで書いたような思想に私を導いているのかも知れない。




もしかして、私は死神・タナトスなんだろうか。

本気でそんな事を心配しているわけではないが、どこかそんな思いが私の脳の片隅に小さく息づいていて、それが私の「友達を作ることへの積極性」を、無意識的にさらに下げていたりするのだろうかとも思う。



かの高名な精神分析学者ジグムント・フロイトは、人間を「生への衝動=エロス」と、それと正反対の「死への衝動=タナトス」との葛藤を抱える生き物として説明した。

とすれば、ある意味「エロス」からはほど遠い、ピュアで純情でガキんちょでブサイクでナヨナヨな私であるがゆえに、「タナトス」に親和性が高いのは当然と言えば当然、ということになるのであろうか(苦笑)


posted by いっこう at 19:06| Comment(16) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

箱根八里の写真展


立った立った!半次郎が立った!おっす! オラいっこう!

そんなわけで、日ごろ我がブログ「逆転スペクトル」をご愛顧頂いている皆様への感謝の意を込め、噂ではブサイクナヨナヨ管理人・いっこうの145万倍の人気を誇っているというIT猫「半次郎」の写真展を、ここに開催したいと思います。

当初は各写真に管理人のコメントをつけていこうと思いましたが、

「素直に写真を楽しませろや!」

という大合唱がどこからともなく聞こえてきたので、写真のキャプション(IEならマウスポインタを写真にあわせると表示されます。Geckoエンジンなら、右クリック→プロパティで見れます)を書くくらいにとどめて置く事にしました。謙虚な僕。

それでは、お楽しみください。

ちなみに冒頭の写真は、おやつにつられて直立しちゃった模様を捉えたものです。


続きを読む
posted by いっこう at 11:39| Comment(26) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月17日

理屈と感情のあいだ

深夜3時になろうかというこの時間にも関わらず目が冴えて眠れないほど異様に私のテンションが高いのは、久々に会った親戚筋(中には20年ぶりに再会したいとこなども含まれる)の誰からも、

『いま仕事何やってるの?』

という質問を一切されなかったという、「裏での一致団結を匂わせる不自然さ」についてを冷静に深く脳に考えさせまいとする、ヒトに備わった生来の防御本能のせいなのだろうか。

時に「優しさ」って、逆に心に痛いですわよね。おほほ。←


まぁそんなわけで日付的には昨日の夜、前回の記事で書いたような事情によって行く事になった母方の実家から、この狭いワンルームに帰ってきた。


続きを読む
posted by いっこう at 04:05| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月13日

母の母の日


つい先ほど母からの電話で、母方の祖母が今日の14時ごろに亡くなった事を知った。
享年95歳。大往生と言っていいだろう。

危ない状況であることは聞いていたので前から覚悟は出来ていた。だからといって、この容赦なく襲ってくるある種の感情の波が消えてなくなるわけではないのだが、多少の防波堤にはなったのかもしれない。


特別おばあちゃん子というわけでもなかったが、私はこの祖母の事が小さいころからずっと好きだった。兎に角元気で、その豪快奔放な性格が、小さいころからナヨナヨしていた私には、とても輝いて見えていたのだと思う。最寄駅から私の実家までは徒歩であれば20分以上かかるわけだが、70歳を超えてからも、普通に歩いて家まで来ていたものだ。声もずば抜けて大きくて、まさに「生命力」の塊のような人だった。

パチンコが好きで、私が小さいころに何度か一緒に行ったことがあったと思う。
その時祖母が私のために取ってくれた景品が何だったのかは忘れたが、とても嬉しかったという感情だけは、何故か今でも思い出すことができる。最近はとんと行かなくなったが(嘘じゃないってば)、私がパチンコをやるのは、祖母の影響もあるのかもしれない。

また祖母は昔国語の先生をやってたこともあり、本を読むのも好きだったそうだ。
年をとって目が悪くなってからは読書をすることも少なくなっていたようだが、それでも私が大学生の頃に趣味で読んでいた吉川英治「三国志」八巻セットを借りていっては、弱った目で苦労しながらも「面白い」といいながら読破したなんてこともあった。そういや、あの本返してもらったっけな?
その時代わりに祖母が貸してくれた、表紙がぼろぼろになった三島由紀夫の「金閣寺」を、未だに読んでいない私は、つくづく失礼な奴だ。「文学」は苦手な私だが、これを機会に読んでみようかな。そして祖母にも三島にも土下座だ。

小学生のころだっただろうか、戦争体験の話を聞かせてもらったこともあった。
アメリカの艦載機がすぐ近くまでに迫り、当時は子どもだった伯父を抱きかかえるようにして逃げまどい、何とか命拾いしたという話だ。その時祖母に何かあれば、今ここでキィボードを叩いている私は、この世に存在する事すら許されなかったわけだ。そんなわけで私が「戦争」といった壮大なテーマについて考える時(めったにないが)のスタート地点は、いつもこの体験話である。いつか私に子どもが出来た時には、この話は伝えようと思っている。




それにしても。




母の日の前日に往生しやがるなんて、最期まで、なんて豪快なばあちゃんなんだ。





一日ばかり早まってしまうが、今ここで書いてしまおう。


全ての母親に感謝を。




ありがとう。
posted by いっこう at 16:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

2006年4月の月例報告


こんな位置でした。ヤクルトの岩村って、盛大に股ひろげて守るのね。毎日がゴールデンウィークなニートが、本当のゴールデンウィーク期間には忙しかったというのは仕様ですか?皮肉ですか?天罰ですか?そのどれでもない何かですか?

そんなわけで、ビバ☆ゴールデンウィーク期間に色々と動き回っていた私は、行楽やら海外旅行やらのいわゆる「ゴールデンウィークらしい事」は、ほぼ何も出来ずにいたわけである。自ブログのコメント返信を放置してしまったり、巡回ブログ様へのコメントもご無沙汰になってしまっているのも、そういう事情があるがゆえのことなのです。ごめんなさいね。

しかしそんなゴールデンウィークも終わろうとする5月6日土曜日、私は東京ドームにプロ野球巨人対ヤクルト戦を観戦しに行く事ができた。

野球少年だった私は、やはり野球場にくるとテンションが3段階は上がる。東京ドームの青々とした人工芝を肉眼で見るのが何年ぶりになるのか忘れたが、とにかく無条件に気分が高揚してしまうのである。いいな、やっぱり球場は。

席はB指定席1階3塁側のレフトポール付近で、ダイアモンドからかなり遠いのが残念ではあったが、逆に球場全体を見渡す事ができるために、玄人なら選手の守備シフトの取り方などを楽しむことができるし、素人でも外野席の応援団の雰囲気も近くに感じられて興奮できるのではないだろうかという位置であった。野球人気が落ちたとはいえ、東京ドーム巨人戦のA席S席などはまだまだプラチナチケットであるし、贅沢を言えばきりがない。

試合が始まり、私はドーム内で買った野菜スティックとめんたいホットドックを冷茶で流し込みつつ観戦していたのだが、その最中に隣の席で巨人への熱烈な応援をしていたおっさんに話しかけられた。

仕事はなにをやってるの?大学生かな?」

などと、いきなりニートのガラスのハートにヒビを入れるような話題から入られたことに思わず表情を強張らせながらも、酔っているのか陽気で満面の笑顔のそのおっさんから、それほどタチの悪さを感じなかった私は、あんまり長引くのはちょっと面倒だなと思いつつもそのまま会話を続ける事にした。
するとその途中、どういうわけだか、そのおっさんが私を異様に気に入ってしまったようで、

「気に入った!」
「あんたイイ男だね〜」
「俺が女だったら、間違いなくあんたに惚れるね!」

などと盛んに持ち上げてくるようになった。
「目の前のおっさんの女バージョン」を想像することは恐怖を感じて急停止したにしても、ブサイクを自負する私ではあるが「イイ男」といわれて悪い気はしないので、

「そうっすかー?そんなことないですよー」

などと半分ニヤけながら相槌を打ったりしていると、今度はなんとおっさんがビール(球場内では800円もするそうだ)をおごってくれると言い出してきた。
コップ二杯のビールで体に赤い斑点(幼年期のエイリアン・アプダクションの痕跡だと主張したい)が浮き出るほどにアルコールに弱い私ではあるが、これを断ると気まずい感じになってしまうのは間違いないので、ちょっとした逡巡の後に快諾。そのおっさんと乾杯をすることになった。

そんなこんなでその後も陽気なおっさんと、昔歌手をやっていたという話を聞かされたりとか、今はスーツ販売をやっているらしく、スーツを買うなら是非XXで(会社名がよく聞き取れなかった。つかニートにはスーツ必要ないけども)などと宣伝されたりと、時折話しながらの観戦を楽しんでいたのだが、試合終盤になったころだっただろうか、こんな会話が繰り広げられた。

おっさん「いや〜、しかしあんたイイ男だよな」

いっこう「そうっすかねー。むしろブサイクだと思うんですけどねー。」

おっさん「いや顔じゃなくて、にじみ出る雰囲気がいいんだよ」

いっこう「・・・・・雰囲気・・ですか」

おっさん「そう!雰囲気!


その後おっさんは、「顔じゃなくて」の余計な一言でブルーになった私の様子に気付く事なく、今度は後ろの席の家族連れの子どもと戯れたり、巨人の一方的な試合展開に有頂天になって立ち上がると奇怪な舞を見せ始めるなどしていた。

そして巨人の大勝で試合が終わると、おっさんは「それでは先に失礼します」などと言い残すと、一緒に来ていた友人らしき人に引っ張られるようにして先に帰っていった。

陽気なあのおっさんが隣に居たデメリットよりも、彼の所作・話が面白かったり野球談義をできたりなどのメリットの方が明らかに大きかったので、基本的にはあの席になったことに感謝はしているのだが・・・・。

「やっぱ俺ってブサイクなのね」

そんな真理の再確認に青息吐息な管理人が、今月も恒例の月例報告をアップする。


何かにじみ出てますかね?





続きを読む
posted by いっこう at 14:10| Comment(25) | TrackBack(2) | 月例報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。